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法人向けクラウド・ネットワークサービスのINAP Japan

真面目に仕事をすると浮く時代 

2021年06月01日

 

“Non-Disclosure Agreement” という契約があります。いわゆる“NDA”。日本語だと“秘密保持契約”などと訳されます。会社間で何か取引の話などをするときに、やり取りする情報を漏洩しないことや不正な目的で使わないことを約する契約です。様々な契約書の中で最も頻繁に用いられるもので、またチェックするべき箇所も大体決まっているので、新人法務担当の導入課題として最適。私も法務出身ですから、若い頃からそれはもう数限りないNDAをドラフトし、レビューして、交渉もしてきましたし、何人もの新人法務担当にそれを教えてきました。

私のNDAに関する持論は次のようなものです。NDAという契約の重要性は極めて低い。そもそも漏洩したら大損害が発生するような情報をこんな簡単な契約に頼って開示できるわけがありません。NDA違反などということが問題になることはまずありえない。しかし、NDAというのは先に述べたようにチェックするべき箇所は大方決まっているので、そのチェックの仕方を見ればその人物の法務担当としての実力が一目瞭然にわかります。つまりドラフトにトンチンカンなコメントをしたり、相手方のドラフトに適切に応じられなかったりすれば、その法務担当のレベルが低いということが暴露されてしまう。

レベルの低い法務担当を野放しにしておくということは、その会社のビジネス能力が低いということも意味します。そういう会社とは十分に注意して付き合わなければいけない。つまり私の持論では、NDAというものはその作成のやり取りを通じて、相手方が信頼して取引を行える会社かどうかをお互いに確認するための導入ツールです。

だからNDAの交渉では、どうでもいい契約であるにも関わらず、法務担当としてのプロ意識とプライドをお互いに全開にして闘います。法務同士のコミュニケーションでは、相手に説明をしたり質問をしたりするのはナンセンス。すべては契約書ドラフトに付された修正記録で行います。相手の修正記録の意図するところなど見ればわかる。それを、質問したり説明しなければいけなくなるということは、もはやお互いのレベルが合っていないことを意味します。それは例えば、囲碁が手談と呼ばれ、上級者になればお互いに言葉などなくても相手の打った手の意味を理解し、無言のうちにコミュニケーションを図れることに似ています。

私はそういう風に考えて法務の仕事をしているし、昔はみんなそうでした。しかし時代は変わったのです。昨今は、相手方に質問したりするのは日常茶飯事になりました。そんなことをしても相手方は自らに都合よく回答できるわけですから、なぜそれを信じられるのかさっぱりわかりませんが、とにかく質問すれば正しい回答が返ってくるということが今のビジネスの前提です。そんなのはまだよい方で、自分たちの雛形を使うことに固執し、出てきたものを見てみると法律文書とはほど遠い、あちこち曖昧と矛盾に満ちた劣悪な作文の集合体であることも珍しくありません。仕方がないので最低限契約書としての体は整うように修正記録を付けて返す。もはやどちらの権利がどうとかいう法律議論ではありません。国語または英語の問題です。まったくもって誰のためにやっているのかよくわからない状態。最低限といっても、文書は修正記録でかなり真っ赤になります。ビジネスの話を進めるためには仕方がないので、見えない目をこすりながら、この理不尽な作業を行います。ところがその修正案を返すと、今度は相手方からの音信が途絶えてしまう。本来私はNDAなどどうでもいい契約だというのが持論なわけですから、契約レビューができないのならNDAなしでいいのではないかと提案すると、それは社内規定でできないとのこと。まったく手の打ちようがありません。

最近は、真面目に仕事をしようとすると浮いてしまう時代。これは何もNDAの交渉の場面だけの話ではありません。ビジネスメールのやり取りでも、明らかに相手のメールはよく読まずに自分の言いたいことだけを書いている人が多い。交わされるメールの中で何度も出てきているのに延々と相手の名前を間違え続けているような人もいれば、受講したセミナーの内容が事前の案内と全く違ったという苦情のメールに対して、追加参加ありがとうの返信がくる。こういった不可思議な出来事に日々遭遇するようになりました。要するに、そういう人は自分の組織の内部にしか目が行っておらず、外には関心がないのです。社内の規定にだけは汲々と従うが、社外と活発な交わりをしようとはしない。

コロナで閉じこもっているからこうなってしまったのか、はたまた何でも標準化してエラーを無くそうという風潮が人間のコミュニケーション能力を劣化させているのか、それはわかりません。そう言えば『ブルシット・ジョブ』という本が話題になっており、世の中の知的仕事とされるもののほとんどは実は不要であるという主張が物議をかもしています。結局その通りで、仕事はどうでもいい時間つぶしなのだから、外とのいざこざという面倒は避けて組織内におけるやすらぎこそが最重要というのが、今の世の中の本質なのかもしれません。

まあ、今のやり方が気に入らず、昔は良かったなどと言うのは年を取った証拠かもしれませんが、私はどうしても、NDAの意味すらまったくわかっていない者が、自社の雛形を使うことだけにこだわるやり方を良しとする気にはなれないのです。

 

代表取締役 CEO 奥野 政樹

 

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